金閣寺(臨済宗相国寺派鹿苑寺舎利殿)と鏡湖池(この池の水を吸い上げ放水して消火)クリックすると大きくなり 鏡のようです。
5月9日の新聞 昭和史再訪に 金閣炎上 25年7月22日に引き付けられた。
金閣寺は高校の修学旅行が最初で それから5~6回訪れている。
何時 行っても 山門を入り こんもりと茂った 松の間から 煌びやかな姿を目にしたときは 声も出ないほどの感動を覚える。
1397年 足利三代将軍義満の山荘として創建が始められ義満の遺言で 禅寺に改められた。
当時21歳の徒弟僧が放火 国宝舎利殿が全焼した。 私は当時11歳で 知っていたかどうか定かではないが ずっと後で 三島由紀夫の小説「金閣寺」で読んで知ったのは記憶にある。
京都の北 小さな漁村の寺に生まれた彼は 13歳の時 父親が亡くなり 金閣寺の修行僧として 住み込み 大谷大学に通う。 禅寺ゆえにその修行は厳しく 上下関係やしきたりが重んじられる社会であった。
警察の取調べに対し彼は
「美に対する嫉妬と 自分の環境が悪いのに 金閣という美しいところに来る 有閑的な人に対する反感からやった」と供述したという。
この事件と 根拠は同じかどうか 判らないけれど 「比較こそ 不幸の始まり」と云う記事。
他人と自分との比較 理想と現実との比較 その差が大きければ大きいほど 人は苦しみます。でもその葛藤があるから努力し伸びていく。
私も 人生70年 嫌と言うほど その狭間で 悩んだり 苦しんだり またある時は 喜んだり それも 今となれば 好い経験の積み重ねで 想い出に事欠くことはありません。
ある入院患者さんに 看護師さんが「寂しくはありませんか?」と 訊ねたら
「私は沢山想い出を持っているので いつも思い出して寂しくありません」と答えられたそうです。感心しました。